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Dragon Ash 熱、再燃

最近車の中で、Dragon Ash ばかり聞いている。アルバム名で言うと、Buzz Songs, Viva La Revolution, Lily of da valley。10 年位前のものばかりだ。ちょっとした、マイブームの再来。
きっかけは、NHKでやっていたインタビュー番組を見たことだった。singer song writer を現代の詩人と捉え、その人の、言葉への意識を尋ねる番組だ。インタビュアーは佐野元春。会場は佐野元春の母校である立教大学で、スタジオではなく大学の講堂で、公開授業としてやっている。これに、kj こと Dragon ash の降谷君が出ていた回が、再放送されていた。もっとはちゃめちゃな人かと思っていたが、、とてもまっすぐな人だった。なんだよ、めちゃめちゃいいヤツじゃん、と思った。大学の頃、はまってよく聞いていたので、懐かしく思いながら見た。
なんでも佐野元春は、かなり昔から降谷君に注目していて、初期 Dragon ash を赤坂ブリッツのステージに引っ張ったりしていたらしい。彼らの音楽は、ロック×ラップやラテン×ラップのMixture Rock (Mixture Music?)と呼ばれるものだが、当時は「そんなジャンルは無く」、ライブをするのも一苦労だったらしい。ライブハウス側が、新しい音楽を前に客を呼びこめると判断出来ず、ライブを組んでもらえなかったそう。その後の Dragon ash からは、考えられないことだ。だから赤坂ブリッツなんていう大きな舞台でのライブはそれが初めてで、チャンスだと思った、と当時の事を振り返り、降谷君は言った。佐野元春は、「君はあのときも、全く同じことを僕に言った」と、とても懐かしそうに、嬉しそうに言っていた。降谷君は、妙に記憶力がいい。
思えば、彼の音楽はよく聞いていたが、考えを見たり聞いたり、したことは無い。これが初だ。
とにかく音楽が大好きで、それを生業にできているなんてとんでもなく幸せなことで、どうして(音楽を)やってるんだと聞かれることがあるが好きだからやってるんだ、それだけだ。彼はそう言った。大好きな音楽を通して、まだまだ色んな事が見たい、色んな景色がみたい。そう言っていた。
彼の音楽は、真似だと散々言われ、たたかれた時期があった。確かに、影響という範囲を超え、元となる曲がばっちりわかるものが結構あったりするし、歌い方にしても、そういうところがあるようだ。でも彼の話を聞いていると、彼はその元とした音楽や人がたまらなく好きで、だからそれらに対する畏敬の念を、あえて分かるように曲に取り込むことで表そうとしていたんだ、ということが分かった。大好きで大好きで、とにかくついていきたかった、敬意を表して、オリジナリティを尊重したうえで取り込みたかった。意図したことは、そういうことだ。でも尊敬とオリジナルのバランスが難しく、うまくいかなかったところがあったようだ。そこを何とかするのがプロなんだろうけど、彼は、ただただまっすぐに歌った。
また彼は、単なる夢見がちな青年ではなく、現状を分かっていて、その上でさらに夢を見たいと思っている、そういう人だと思った。まあ歳をそれなりに取ったり結婚したり、そういう影響もあるんだろうが、身の程をわきまえるというのは、大切なことだと思う。謙虚な態度をまずもつことは、そう簡単なことではない。
例えば彼は、音楽シーンが綺麗事では済まないこと(たとえばお金が動くこと)をちゃんと理解している。音楽がやれていればいい、とか、そういう感じかと思っていた。自分たちが行っていることでどんな影響があるのか、ちゃんと理解している(少なくとも理解しようとしている)んだということが意外だった。ちなみに彼らの歌詞や印として百合の花が良く出てくるが、そういう、綺麗事では済まない状況を分かった上で、音楽に対する純粋な思いはちゃんと意識していたい、という思いを託しているのだそうだ(百合の花ことばは、純潔、だそう)。
言葉に対しても、前向きな言葉を使用するように心がけている、と言っていた。音楽で何も解決はしないけど、でも音楽に出来ることというのは確実にあって、自分の音楽が何か影響を与えるというのであれば、それがいい影響であって欲しい。彼は熱い言葉を、熱くなるでもなく、ただまっすぐに話していた。
久々に聞いた彼らの音楽は、とても心地よかった。しばらくは彼らの流れる音に、浸っていようと思う。
by hiranori | 2010-03-24 14:39 | 音楽・本/漫画・映画・芸術・TV


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